2018.02
「自転車屋さんの一角に新たにパン屋さんをオープンします。
エスプレッソマシンで入れたコーヒーのテイクアウトもあります。」
との広告文を目にしたら、さぞかしお洒落にロードバイクがディスプレイされた自転車屋さんがあり、そのお店と一体となったオープンなコーヒースタンドのあるパン屋さんをイメージすると思う。
最大限お洒落な自転車屋のプロトタイプと最大限お洒落なオープンなパン屋のプロトタイプをいかに掛け合わせて相乗効果を生み出すかを追求することが、一般的な正解だろう。
しかし、ここでは真逆の考え方をしている。
自転車屋とパン屋という本来であれば相容れない二つの店を無理に融和しようとはせず(そもそも自転車屋とパン屋では事業主体が違い、自転車屋は一角をパン屋に賃貸ししている)、その前提条件をいいことに、普通のパン屋ではやらないような古道具や動物の角、剥製等をオブジェとしてインテリアに組み込んでいる。はじめからクライアントには明確なイメージがあり、古道具や集めていた鹿の角や剥製をつかいたいという要望があった(これには理解できる部分と懸念を示した部分があった)。
同時に、この自転車屋の一角という場所への出店を最初に相談された時はあまりピンと来ず「ここに出店するメリットは何なのか?」を問うた。
立地や周辺状況(近年マンションが増えているが近くに類似店舗が無い、周辺にオフィスも多い、目の前にバス停がある、隣が保育園である、クライアントが既に経営している飲食店と近く行き来が容易、など)に多大なメリットが見出せたためこの場所での出店には同意したが、暫くはどのように空間をコントロールすればよいのか逡巡した。
「区画分けして賃貸し」というわりに、区画で明確に仕切られている訳ではない(そもそも吹抜空間が連続しているので明確に分断することは難しい)し、空間を横断して自転車屋側の照明を吊るすためのレールが飛び込んできている。自転車店舗側はパン屋が出来ようとも今までと変わらず振る舞い、もともとパン屋区画のすぐそばに吊り下げられていたハートが沢山ついたモビールは今もそのままである。
しかし、これからオープンさせようとしているパン屋の雰囲気には決してそぐわないこのハートのモビールが何の配慮も無くそのまま吊り下げられているのを見た時にとても腑に落ちるものがあった。
古道具は良いとしても、鹿の角やフクロウの剥製や亀の甲羅は決して一般的なパン屋にはそぐわないだろう。けれどこの場所は前提が混沌としており、この場所を選んだ時点でお客さんが持っている「パン屋」に対する多くの既成概念を剥ぎ取ることが出来るのではないだろうか。つまりそれは、普通のパン屋では眉をひそめられるようなことも許される可能性が高いということで、クライアントが最初から度々口にしていた「普通のことやってもしょうがない、他にはどこにもないパン屋にしたい」にとって最も必要なことであった。
クライアントは無意識的ながらも直感で、かような場所のポテンシャルをも最初から汲み取っていたのかもしれない。
かくして、多様性が併置できるプラットフォームを作ることに注力した。パン屋空間については見え方をある程度コントロールしたが、ここから営業を続けるに従い、どこまでが既存でどこからが新設か、どれが販売物でどれが装飾物か、どこまでが自転車屋の意志でどこからがパン屋の意志なのかなどの多くの境界が曖昧になり、今以上に何ものもを排除しない「本当の」多様性が現れた場所になることを期待している。
用途:店舗(パン屋)
工事種別:内装工事
設計期間:2017年10月~12月
施工期間:2018年1月~2月
主体構造:鉄骨造
階数:2階建て建物の1階部分
改修面積:41.80㎡(当該区画の面積)
所在地:千葉県千葉市
写真:細谷悠太建築設計事務所